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野営時代

人生という山の五合目辺りで立ち往生している男の野営地。助けが来るまで終わらないビバークの記録。

ワカメがふえる前段階

朝活。

一日の仕事を終えて帰宅して、妻が用意してくれた晩御飯を温め直して食べる。風呂に入って1時半。そこから夜更かしして寝落ちする。

そんな夜行性の性分が現在のライフスタイルと身体能力に合わなくなって何年か経つ。

 

年寄りというものは朝起きるのが早い。

青汁を飲み、庭に出て寒風摩擦をし、新聞配達のバイクを玄関で待つ。

老人のイメージ。

 

辣腕を振るうビジネスピープルの朝も早い。

スムージーを飲み、アップルウォッチを手首に巻いて軽く近所をラン。

スタバでメールチェックしてから誰よりも先に出社。

ワーカホリックのイメージ。

 

これらのイメージには死んでも近づきたくないと思って生きてきたが、それでうまくいかない日々が3年も続いてしまっているのなら、いっそ自らそのイメージに接近してみようではないか、と昨夜布団の中で思い立ち、目覚ましをセットした。

 

おはようございます。

 

スヌーズ機能に3回頼り、予定よりも45分遅くなってしまったが、こうして今「朝活」にたどり着いた。

 

本来であれば、毎朝6時頃にはコーヒーでも啜りながらこうしてブログを書き、いわゆる前向きな宣言などを書き連ねたいところである。

最初の一歩は躓いた感が否めないが、気負わずに続けてゆきたいものだ。

 

根拠はさておき、ブログを書く事で私の毎日は輝き出すのだ。ミスター・チルドレンのミュージックビデオのように、市井の生活者たちがステップを踏んで踊り出す。「心さえ乾いてなければどんな景色も宝石に変わるうーうー~」と、そのミスター・チルドレンも歌っている。なるほど。世界は自分の心持ち次第ということだ。

問題は「心さえ乾いてなければ」の部分だ。私の心は乾いているか。乾いているとしたらどのくらい乾いているのか?ふえるワカメの「ふえる前」ほどにカラッカラのカチカチなのか。それとも意外としっとりとしているのか。わからない。自分を客体化できていないということだ。

仮に、今の私の心が乾燥ワカメだとした場合、とにかく熱湯を注ぎ、「え、こんなに増えるの?なにこの圧縮率!」というくらい増えたい。

 

そろそろ娘が起き出す時間だ。続きはまた。

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